映画「ミュンヘン」のチケットが手元にあるのですが、なかなか劇場に行く時間が取れずにいます。
そんななか、WOWOWで「ブラック・セプテンバー」の放送がありました。
「ブラック・セプテンバー」は、ミュンヘン五輪でのテロをテーマとした長編ドキュメンタリー映画です。
第72回のアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門受賞作。
実際の事件の映像と、関係者各位へののインタビューは、ありのままの事実を淡々と描いていきます。それがまた、ドキュメントなのにフィクションであるかのように見えてしまう自分に自己嫌悪を感じてしまいます。
人質となり殺害されてしまったイスラエルのオリンピック選手やコーチたち。
その家族が登場してきて、事件が起こる前の幸せな時間を語り、結婚式や生まれたばかりの子どもを抱いている写真が写されると、なんでこんな事件が起こってしまったのかと思わずにいられません。
特に父親が殺害されてしまった女性は「父の事を思い出したくても、声も分からない。あまりに幼かったから。」と、インタビューに答えているうちに泣き出してしまいます。
個人の名前と、それまでの経歴、家族構成が明らかになると、事件への見方が変わるなと思います。
パレスチナのテロリストの首謀者も、メンバーと人質が親しくなる事を禁じたそうです。
いざという時に殺害できないと困るという理由で。
実際にテロリスト集団「ブラック・セプテンバー」に所属した人物も、顔が分からないように登場し事件の事について語っています。シリアでは英雄扱いですか・・。今は妻子と共にアフリカで暮らしているそうですが。
ドイツが釈放後、会見時でのふてぶてしい表情が許せません。
しかし、IOCもテロが起きているのに競技を続行。選手たちの中には隣のビルで人質となっている選手たちがいるのにも関らず、金メダルのためにトレーニングを続けている人たちもいたとか。
自分に直接関係がないのなら、人が殺されようとしていても構わないのか。
国際世論にまけて、IOCは競技の中止を決定しますが、何考えているのかと。
テロリストの要求「政治犯を釈放せよ」は、イスラエルは一蹴し、ドイツは第二次世界大戦でのホロコーストの事で微妙な立場を取りながら、交渉を開始。
イスラエルは自国の特殊部隊モサドが人質救出のために動けるよう要求しますが、ドイツは拒否。
結局、ドイツの複雑な法律のためにドイツ軍は出動できず、地元ミュンヘンの警察官が救出に赴くことに。
しかしこの警官たちが、銃を撃った経験がない者もいるような、本当に救出する気があるのかと疑いたくなるようなヘタレ具合。
選手村での救出作戦は東ドイツのテレビ局が実況中継をしていたため、その様子がテレビを通じて相手方に丸見えというお粗末具合。あやうく、警察官たちが無駄死にするところでした。
交渉が上手くいかない事が分かると、テロリストたちは確実に逃亡できる方法を模索し始めます。
ヘリでミュンヘン近郊の空港まで移動させ、そこから旅客機で脱出できるように要求します。
ドイツとしてはここでテロリストをなんとかしたいところ。しかし、ここでもやる気のなさが露呈。
テロリスト八人に対して、狙撃手は五人。「読みが甘かった」では済まない問題でしょ。
旅客機の中に潜んでいた警察官たちは「こんな対テロ訓練なんてやったことない。自殺行為で、自分たちの命が惜しいからこの作戦からは下りる。」と任務を放棄・・。
そんなところにヘリが到着。狙撃手が銃を構えますが、防弾チョッキもヘルメットも支給されず全くの無防備なままテロリストたちと銃撃戦へ。・・大丈夫か・・。
狙撃手のリーダーは建物の陰から陰へと移動し、テロリストを狙えず。
狙撃手その2はテロリストの副官に重傷を負わせます。
狙撃手その3、4は六人のうち一人しか倒せず。
狙撃手その5は、陣取った場所が悪く一発も撃てず。その後、隙を見て逃げようとしたテロリストを銃撃しますが、作戦内容が周知されていなかったため、味方に誤射されて重体に(泣)
あまりにもお粗末で泣きそうです。
その後充分な燃料が詰まったヘリコプターをテロリストが爆破し、辺り一面紅蓮の炎に包まれてしまいました。
結局テロリスト八名のうち、五名が死亡。イスラエル人は十一名が死亡。
選手村での殺害現場の写真だけでなく、ヘリの中で射殺されたもの、爆破に巻き込まれて黒焦げになり、もはや人の形をとどめていない遺体の写真までが画面に映されます。
何がそこまで人を駆り立てるのか。
その後、乗員が十二人(女、こどもはナシ)しかいないルフトハンザ機がハイジャックされ、犯人は生き残りのテロリスト三人の解放を要求。ドイツはイスラエルに相談する事もなく、解放・・。
どうみても、自作自演がバレバレです。これじゃイスラエルの人々が自分たちで、復讐を果たそうと考えるのも無理ないと思ってしまいます。そして暴力の無間ループへとはまってしまう。
ドイツがちゃんと法的に裁いていたら、結果は違うことになったかもしれません。
でも、歴史に「~たら」や「~れば」はありえないし。
今の冬季オリンピックにもテロの恐れがあるようですが、選手やスタッフたちが楽しそうに笑っているのを見ると、影で多くの人たちが安全と平和のためにお仕事しているんだろうなとふと思ったりします。
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